天上の海・掌中の星

    “翠の苑の迷宮の” M 〜闇夜に嗤わらう 漆黒の。U
 



          
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 人気RPGの世界を実際に体感出来るイベントの最中にて。国籍不明としつつも、いかにも中世風の町並みを作り上げたその真ん中。石畳を敷いた広場に設営された頑丈な舞台に乗り上がり、南海の海賊と名乗りを上げた、大柄で筋骨隆々、いかにも猛者ですと言わんばかりなレスラーばりの大男。露出も多めのボンテージ調衣装に、ごつごつと骨太な意匠の大太刀引っ提げた“荒海の海賊クロッセウス”さんと相対したは。このゲームの主役、様々な冒険を制す“勇者ピング”…の兄貴分、サマルというキャラクターの仮装をした青年だ。剣士だの僧侶だの“アビリティ”という種の肩書がない身なのは、一番最初のステージにだけ出て来る初期キャラだから。舞台となっている世界観の説明や冒険の目的を把握し、コマンド操作に慣れるまでの序盤の戦いに一通りお付き合いした後は、勇者を狙った魔物らの急襲を迎え撃ちつつ、弟を身を呈して逃がす格好でスタート地点の村に居残るお人。なので、名前や存在こそ広く有名だが、こういったイベントに出て来ることは稀でもある、至って地味なキャラな筈だのに。勇猛さではトップクラスの人気キャラを、瞬殺で倒した…というバトルの模様が再生されてたそのさなか。

 「…っ。」

 何にか気づいてハッとしたのが、そんな舞台の壇上を見上げていた、こちらは弟ながらもで主役格、勇者ピングのいで立ちをした黒髪の坊や。何かしらの気配を嗅いだか、まだまだ薄い肩をこわばらせたが、そんな彼の緊張を押さえるかのように、すぐの傍らから手が伸びて、

 「お前さんは置いていきてぇんだがな。…そうもいかねぇか?」

 それこそいかにもな衣装、サテン地にご大層な刺繍がほどこされた上下という、金髪碧眼の容姿にはお似合いながら…どこの宮殿の近衛兵ですかというよな綺羅らかな恰好。こういうファンタジーでいうところの“導師服”を着ていた、お連れのもう一人がわざわざ訊いたのへ、
「いかねぇ。」
 大威張りで応じたルフィに苦笑をしつつ。空いていたもう一方の手を、自分の顔の前へとかざす、聖封様こと サンジさん。人差し指と中指を、真っ直ぐピンと立てての揃えて構え。それを小太刀のように素早く振って印を切り、

 《 選ばれし民草以外は、眠りのとばりに包まれよ。》

 ぼそり、味のあるお声で呟くと。周囲に垂れ込めていた、夏の温気をはらんだ空気がかすかに重くなる。そして、それに触れた端からという順番で、広場に集まっていた人々が声もなくのパタパタと。まるで糸の切れた操り人形のように、自分の足元へと力なくうずくまってしまったではないか。
「…サンジ。」
 さすがに痛々しい光景には違いなく、案じるようなお顔になったルフィへと、

 「心配は要らねぇ。」

 自信満々な様子は崩れぬまま、再び…先程の仕儀の延長のようななめらかさで、宙空へ別の印を切って見せるサンジであり。きりりと結ばれた口許から、今度は何の呪文も紡がれはしなかったものの、
「…これで、結界を張ったからな。今からどんな陰体が現れようが、陽世界へまではみ出すこたぁ出来ねぇよ。」
 ということは。今彼らがいる立ち位置は、サンジが広げるか区切るかしたところの“結界”の内側、陰世界の側になるということだろう。ルフィは先の“黒鳳凰騒動”のおり、陽体でありながらそのまま…霊体に変換されぬままそちらへも居られる身であるらしいことが明らかになっているけれど。普通一般の陽世界の存在は、その境になる“合”の結界を越えられはしない身であるがため。一見、ガラス越しどころか触れられるほどもの間近に見えても、実は実は別の次元に居る相手だから、幻同士のように互いへ接することは出来なくなる。こちらで起きた何かしらの影響だって漏れはしない、つまりは“絶対の障壁”を咒で構築したサンジであり、

 「とはいえ、あんな蒸し暑い中、いつまでも寝転ばしとく訳にもいかんから。」

 レディたちの美貌と健康のためにも とっとと片付けねぇとなんて、そんなふざけた言い回しをした彼だったのは。余裕からか、それとも…共に居るルフィを怖がらせぬためだったのか。というのが、

 “…あんのグル眉。”

 なに言われても、ルフィも結界の外に追いやれっつんだよと。いかにも忌々しげな尖った眼差し、一瞬とはいえ寄越した破邪様だったりするからで。サンジのかけた結界は、彼の周囲だけに留まらず、当事者にあたる顔触れ以外を追い出した格好で広げられていて。こちらの壇上でも、ほんのさっきまで対決していた猛者さんとMC担当のウサ耳のお姉さんは言うに及ばず。壁際に居並んでいた様々なコスプレ姿の役者の方々まで、くったり倒れておいでという、どこか異様な舞台上。ただ一人悠然と立っていた、アーミースタイルの精悍な青年勇者殿はというと。先程見事な一閃を繰り出したおもちゃの剣はとうに見切っての、ぽいと背後へ放って、頭上へ高々かざした大ぶりの手の中へ、

 「来やっ!」

 鋭い一喝で召喚したのが本来の得物。何もなかったはずの宙空から滲み出して来たのも不思議だが、それもそのはず、これは陰体にしか効力を発揮しない代物。白鞘につるんとした楕円型の鍔もシンプルな拵えの、されど持ち主の発する精気を自在に孕んでの途轍もない斬撃、いかようにも繰り出せる精霊刀。特別な精霊であるゾロが世に出たそのおり、共に傍らにあったという神秘の太刀であり、

 「あれが要るってことは、何か強いのが潜んでるってのか?」

 封印が得手なサンジの咒による捕縛も敵わず、話を聞いて帰れという説得も何もあったものじゃあないという、問答無用で叩かねばならない手合い。悪意に満ちた作為から、こちらへ飛び出して来れるような輩は稀で。大概は、自我も理性もないような、若しくは 本来は居るべきじゃあない陽世界へ弾き飛ばされた苦しさから、正気を失っての暴走しているような存在で。そしてそんな輩であったとして、当人の意志から来た訳でもないだろが、それでも…可哀想だが力づくにて葬らねばならない。でないと、こちらの世界質量を抉っての、どんな支障を出さぬとも限らず。それより何より、本来存在出来ぬ世界の歪みに侵食され、その身をじわじわと擦り減らし、爛れて腐って死んでゆく苦痛から暴れる彼らを、それと知っていて放置するのは忍びないのでと。素直に戻せぬ奴らなら、一気呵成に封印滅殺するしかなくて。

 「殺気だとか警戒、威圧ってな、何らかの傾向までは嗅ぎ取れないんだがな。」

 自我のある存在が自身の意志から現れんとしているならば、しかもこうまで“気配”が届くのならば。それへと添う“意識”が少なからず滲むはず。

 “うっかり境界線踏み外して はみ出しちゃいましたってな、
  意志なき侵入なんてこと、そうそう出来るもんじゃあないからな。”

 そんなことが容易に起きる筈はなく、それなりの力があるか たまさか歪みの生じた至近にいたか。どっちにしたって、尋常じゃあない現象は尋常じゃあない事態と共にあるもの。ゾロが鞘から抜き放った精霊刀の刃を、蒼銀の光が濡らし、念には念をとサンジも新たな結界を張る。万が一にもこちらへ…ルフィへのとばっちりが襲わないように。

 「…。」

 彼ら以外には誰もいないも同然の、島を取り巻く海から起きてた、間断なかった細波の音や、風の音さえしない、シンと静まり返った空間で。無造作に下げていただけの刀の切っ先、ふと持ち上げての身構えたゾロであり。そんな彼が何へと反応したのか、

 「…。」
 「サンジ。」

 聖封であるサンジにも届いたし、人の和子にしてはそういう気配には過敏なルフィもまた、同じ方向への警戒を見せての…そちらは意図しないものだろが、サンジの懐ろ、お綺麗な衣装の胸元へきゅうとしがみついて来た。

  ―― 何か、誰かが“そっち”にいる。

 触れたくないから、寄って来てほしくないから目が離せない。そんな種類の居たたまれなさや妙な違和感がするり、肌身へすべり込んでのチクチクする。……と、

 「…っ、来るぞっ!」

 ゾロが不意に大声を出したのは。その何かが途轍もない加速に乗って飛び出して来た“圧”のようなものを感じたのと、それが…敵愾心をぎちぎちと尖らせた、標的として判りやすいだろう“敵”の自分ではなく、ぶつかったとて揺るぎもしなかろう結界を楯にしたサンジやルフィの方へと一直線に噴出せんとしていること、感覚で察することが出来たから。勿論のこと、遮るためにと、その身をその手を伸ばしてもいたけれど。その動作より先んじて相手が彼らへ襲い掛かりそうな、瞬発力の差異を察知したればこその警戒の声。
「…っ!」
 当然、そんな気配のベクトルはサンジの側でも察知しており。何が襲い来ても押され負けはしないと、心持ち身構えた上で、懐ろの中へと囲った坊やの小さめの肢体を庇うようにとその双腕で取り巻いた…のだが。


  《 こんなところにいたんだ。》


 あっけらかんと。間違いなく誰もいないのに、すぐの間近という至近から響く声があって。駆けつけんとしていたゾロはともかく、サンジが特にお顔を跳ね上げてまでギョッとしたのは、
「な…っ!」
 この声に聞き覚えがあったから。それも…凶悪な対象として警戒せねばと強く意識していたからこそ、素早い反射で思い出せたという順番で。つまりは、

 「てめぇっ、こないだの チビすけだなっっ!!」

 春先に彼ら二人、天世界で随一という精鋭二人をさんざん振り回して手古摺らせた悪戯坊主。下らぬちょっかいならいざ知らず、結界内にて陰体となっての対処を取っていた彼らや、彼らが立ち向かってた膨大なエネルギー体を、たった一人の霊力だけであっさりと、その成り立ちを反転させての陽体固化したほどのとんでもない馬力の主であり。

 “意志ある者の意志をも飛び越えての頭越し、
  その成り立ちを変えてしまおうというからには…。”

 少なくともその対象よりも、パワーなり質なり、上手を行く能力の持ち主でなくては不可能なこと。隙を衝かれてだとしても、二人の上級精霊とああまでデカかったエネルギー体を、小手先で扱えたほどの凄まじい能力者には違いなく。しかもしかも、

 《 邪魔はさせないよ。》

 そんな手合いが、ゾロではなくのこっちを目がけて、躍り出て来たということは。ひゅっという風籟の響きが立って、一際鋭い突風が襲う。反射的に目を閉じたサンジが、それでも手は放さんと、懐ろのルフィを抱き込めば。
「サ、サンジっ!」
 そのルフィが素っ頓狂な声を上げ。前髪たたいた突風をやり過ごしてから、何だなんだと顔を上げれば、

 「…何だ、こいつら。」

 そこここに倒れ伏す人々の狭間、すっくと立ってる存在が増えており。しかもそれはどれもこれも、人や着ぐるみの範疇を越えた生々しさの、異形の生き物としか思えぬ輩たちであったのだ。


  「スライムキングの実物って、
   こんな…あんこ玉ゼリーみたいな奴だったんだ。」
  「いや、これが“実物”かは微妙なトコだろうが。」


 つか、出版元が違うが、版権問題は起きないのか、ほにゃらら企画社。
(こらこら)







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  *せっかくの夏休みという季節がかぶっているうちに、
   何とかしたいぞ今年こそ。
(笑)